2025/9/25木曜日
3時半に覚醒し読書と調べ物。
昨日に引き続き星亮一著「小栗上野介」
慶応三年二月、忠順も瀬兵衛も2/6の慶喜・ロッシュ会談の準備に追われていた。
瀬兵衛は今や外国奉行栗本安芸守鯤。
※鯤は伝説上の大魚。
フランスとなれば瀬兵衛が第一人者。
ロッシュとの会談では幕府の大改造が議題。
大老を首班とする6人の老中で国務会議を創る。
6人はそれぞれ専門の職務を持つ。
老中は無くなり大臣に変わる。
省庁は外務、内務、陸軍、海軍、財政商農土木、司法教育宗教の六つに分けてみた。
財政商農土木と司法教育宗教はもっと細かく分かれる。
大事な事は人材登用。
万石以上でなければ大臣になれぬとあっては相変わらず飾りものになる。
将軍の立場はナポレオンのような帝王が考えられる。
次に軍の整備。
ロッシュによると、旗本の再編成ではとても日本を守れない。
瀬兵衛「シャノワンヌは旗本は軍隊とは言えない、と点数は辛いぞ。残念ながら薩長の方が遥かに進んでおる。奴らには格式とか武士の意地などは無い。それにしても先立つものは金。まず、国内の商売を富ませ交易を盛んにし税を納めて貰う。慶喜公の頭にしっかり叩き込むのだ」
忠順「それは大丈夫た。上様は決して馬鹿ではない」
瀬兵衛「税の創設もあげておいてくれ」
忠順「勿論だ。ロッシュが言うように全てに税をかける。物産も盛んにしたい。フランスから職人を呼び寄せ、金、銀、銅、鉄などの増産に努め牧羊者を入れて羅紗など衣料品も作る。毛皮も増産する」
瀬兵衛「生糸、茶もある。漆器、刀剣、美術工芸品、陶器も忘れぬように」
瀬兵衛「ロッシュは水運や道路の開削も強調していたな」
忠順「牛馬道路を開き蒸気車も通す。これらを実行に移さなければ、日本は立ち行かぬ」
忠順が強力に幕政改革に取り組むことに、やりすぎと危惧する声もあった。
が、京都で討幕の声が渦巻く中、今の閉塞状態を打破するには抜本的な改革しかない。
瀬兵衛がこれらの書類を持って大坂に向かった。
2/12, 元老中水野忠徳が小栗邸に来訪。
どうしても上野介に申しておく事があって参ったのだそう。
水野「いまの奴らは腰抜けはかりだ。坂倉も小笠原も肝心な事になると腰がくだける。幕府の人材不足は目を覆うぞ。上様もそういうきらいがある。それを言いに参った」
水野に何度怒鳴られたことか。
忠順は袴を正して座った。
水野下総守忠徳。
長崎奉行の時、黒船ペリーが来航。
それ以来、一貫して外交折衝に当たり軍艦奉行として長崎の海軍伝習所の設立にも参画、幕府海軍の基礎も築いた。
小笠原のクーデターに同行しその責任を問われ蟄居。
それから隠居の身。
痴雲と号し専ら毒舌で過ごしている。
↑確かイギリス公使のオールコックが水野忠徳を苦手としていた。
水野「フランスとあれこれやるそうだが、思い切ってやらねば駄目だ。薩長の言うことなど聞いておったらこの国は無くなるぞ。本来、幕府は強者であった。ところが井伊大老亡き後、帝や薩長に振り回され、いいようにされている。奴らは出来もしない攘夷を振りかざして幕府をいじめ、今度は倒幕だと。全く陰険極まりない連中だ」
忠順「振り回される幕府にも非がこざいます。そのような幕府では国体が危うくなります」
水野「その通りじゃ。敵ながら長州はむしろスッキリしておる。初めから反対じゃ。ところが薩摩は初め幕府に付き、今度は敵に回った。西郷や大久保に勝手気ままな事をさせては日本がどうなるか分からぬ。上様に信念を持って当たるよう伝えてくれ」
先輩に励まされると気力が湧いてくる。
忠順は二月中、何度か横浜に足を運び、瀬兵衛と一緒に横須賀製鉄所の工事状況を視察。
シャノワンヌらフランス軍事顧問団と陸軍の整備について話し合った。
ピンと口ひげを伸ばし折り目の付いた軍服姿のシャノワンヌは流石に選ばれた士官。
己の理想とする軍隊を創設すると意気込んでこの正月に来日。
初めて会った日、シャノワンヌは「オグリ、取り急ぎ五千の旗本をフランス式の歩兵、砲兵、騎兵に編成したい。三兵士官学校、陸軍所も我々のカリキュラムで行く」と言い、将軍慶喜に提出する陸軍の建白書を近日中に作成すると語った。
第2回の会談でシャノワンヌは「五千の兵は将軍の近衛兵である。更に少なくとも二万五千人の歩兵、五千人の騎兵、二千人程の砲兵を編成したい。これだけあれば仮に薩摩や長州と戦っても負けることはない。外国の軍隊と対峙する時は、更にその十倍、二十倍の軍隊が必要になる」
続いて砲兵大尉のブリューネが「日本の軍隊はバラバラの服装で将校、下士官、歩兵、砲兵、騎兵、全く区別がつかない。年齢も酷い差がある。全て初歩からやりなおさなければならない」
小栗「お説の通りです。私はアメリカで軍隊が何たるかを見ておりますので良く分かります。全て思いってやってください」
忠順はシャノワンヌに権限を委譲。
問題は装備。
瀬兵衛「武器、武具を一日も早く発注せぬと間に合わぬぞ」
忠順は数日後、フランスに発注。
一、二十斤大砲六挺
一、四斤大砲七十二挺
一、三十斤大砲十二挺
一、大砲玉三万六千発
一、元込小銃二万五千挺
一、軍服 大砲隊千二百五十着、 騎兵五百着、歩兵二万五千着
これに皮のランドセル、胴乱一万五千個を加え、金額はしめて四百万フラン、七十二万ドル。
問題はこれらの品がいつ日本に着くか。
↑鳥羽伏見の戦いは年が明けた正月に起こる。
時間が無い!
ロッシュは10月までに横浜に運ぶと約束。
高い買い物だが富国強兵には必須の軍需品。
小栗忠順の思い切った発注だった。
今日はここまで。
5時過ぎに畑へ。

液肥を゙施肥したら6時に帰路に。
帰宅後、シャワーと洗濯。
合間にベランダガーデニングの水やり。
9時45分に買い物へ。
帰宅後、読書と調べ物。
11時半から昼食の用意。
12時に昨夜以来の食事。
納豆ご飯と味噌汁と残り物で済ませた。
午後も読書と調べ物。
17時から藍建てチェック。
今日は昼の間、外の日向に置いておいた。

品温28度。pH11台。気温24度。
昼間は暑いくらいだったが夕方になるとこんなに涼しい。
相変わらずかき混ぜるとカラカラカラと音がする。
そういえば、撹拌に使う木べらは徐々に藍色に染まってきた。
成る程、このように染まっていくのだな、と理解した。
明日また何か染めてみるか。
引き続き夕食作り。

餃子、ゴーヤ炒め、ぶり大根、ご飯、長男のお弁当のおかず、ナスのべったら漬け、ウォッカ梅酒ロック。
良く呑み良く食べた。
後片付けを済ませたら営業終了。
読書と調べ物をする事に。
歩数計は8608。
充実した1日だった。