arimahamaの日記

アメバから引っ越しました。

オートファジー1466日目と畑と藍建て⑯と小栗上野介⑮

2025/9/13土曜日

5時に起床し5時半に畑へ。

緑色の液体が顕著な箇所に液肥を撒いた。

6時に帰宅後、シャワーと洗濯。

合間にベランダガーデニングの水やりと醤油仕込み瓶のカビ取り。

この前、カビ取りやったのは8/21。

その前は8/11。

悪魔崇拝かよ。

 

10時から読書と調べ物。

昨日に引続き星亮一著「小栗上野介

 

栗本鋤雲とカションの問答の続き。


問(栗本)、軍艦の費用は政府が出しているのか
答(カション)、軍艦は新造修復とも政府の負担である。新造の場合は提督に監督させるが、搭載する大砲、小銃、全ての部品はそれそれの製造局に於いて製作する。
問、軍艦の兵及び水夫は、艦長が代わってもそのまま留まるのか。将、士官、水兵の給銀はどうなっているか。
答、軍艦の兵、兵卒は艦長に尽くすものではない。給銀は月俸である。
問、艦長が俄に出航を命ぜられた時、咄嗟に水兵を雇い入れるのか。
答、軍監が碇泊する港には水夫、兵卒がいて皆月俸を与えられ港内で日々、運用の術を研鑽している。一旦出航の命令があれば、皆踊躍して争い集う。
問、商人が刀剣鉄砲等を所持する事が出来るのか。
答、出来ない。士官といえども同じ。但しピストルは士商を問わず帯することが出来る。
問、死刑は何の罪を犯した者か。
答、殺人は死にあたる。父と君を殺害した者は両手を断じ、刺し殺す。
放火も死刑。
盗賊も人命を害した場合は死罪である。
問、市中で販売するもので、政府の品は何か。
答、政府の品といえども政府が作っているわけではない。煙草、砂糖は税金を支払って販売する。
問、一夫一婦か。
答、各国そうである。父死し子幼ければ夫人が養育するので、妻は徳性があり、学問に達する者が選ばれる。
問、英国所有のインド地方で背叛の心あるというが。
答、それはある。力不足のため服従しているに過ぎない。
問、ヨーロッパの人口はいかほどか。
答、仏国は4千万、アメリカ系フランス人が1千万。ロシアは6千万。英は本国が2800万、英領6千万、オーストリアは仏本国に同じ。ポルトガル3百万、オランダ2500万、イタリア2500万、ブラジル3千万、アメリカ2200万である。
問、貴国皇帝に不諱ある時、国政を誰に任せるのか。
答、皇帝は男子がこれを継ぐ。平生は賢臣5人を選んで大臣とし、次期皇帝が年少の際は5人が協議して政治を執る。
問、一年の租税はいかほどか。
答、総括して24億フランである。
問、ナポレオンは英明豪傑の質と聞くが。
答、ナポレオンは天縦の英才である。ナポレオンの前にナポレオン無し。ナポレオンの後にナポレオン無しである。
問、テレグラフは山隔水阻の地へ号声を伝える器械か。
答、テレグラフは理学系の人が発明し、有力者が金を出し、万世不滅の便利な器械とした。
問、一旦、同盟和親すれば争いは無いのか。
答、そうではない。戦闘の用意があることが和親を固くする。日本は大小六百の軍監を持たないと真の通商和親は成し難い。
問、六百隻の軍艦を俄に製造する事は出来ない。
他国から輸入する場合、その費用はどのようにして調達するのか。
答、軍艦を他国より購入するのは未開の愚国の所為である。日本は造船の局を立て、研鑽し、数年後には軍艦を製造すること、然程困難ではない。

 

瀬兵衛は日夜カションに教えを乞うた。
カションが常に強調するのは軍備。
対等の軍備の上に初めて和親が成る。
これは紛れもない事実。
樺太で嫌という程味わった問題だった。
海に浮かぶ日本列島は、まず、海軍力を強化しなければならない。
しかも、他国から購入するのではなく、自前で軍艦を造れというカションの教えに瀬兵衛は感銘を受けた。
今、幕府はアメリカの軍艦購入を画策している。

それは過渡期の問題。

製鉄所を建て、鉄を造り、技術を研鑽し、国産軍艦を造る。

自前による富国強兵こそが日本の課題。
その為には、ヨーロッパの列強と同じ統一国家にしなければならない。
徳川幕府が成立して260年。
この制度に終止符を打ち、新たな郡県国家を模索しなければ、仮に海軍が出来ても運用出来ない。
瀬兵衛も蝦夷の地で忠順と同じ事を考えていた。
元々医者である瀬兵衛は蝦夷地の未来も描いた。

動物や植物、鉱物、農業、水産業と全てに興味が湧く。
カションも蝦夷地は日本で最高の地方だ、と口癖のように言った。
冬は厳しいが春、夏、秋と四季折々の風景は美しい。
箱館駐在のイギリス領事ホヂソンからもその事を教わった。
カションも加わり何度か旅をしたが、その博識にはいつも驚かされた。
山に入るとホヂソンは一本一本、樹木を説明。
紅葉、ナナカマド、栗、柏、ブナ、白樺、楡、木蓮、プラナタスの特徴を語った。
道端の野ばら、蘭、スイカズラ、シダ、谷百合なども手に取って美しさを語り、火山や湖沼に学術的な解説を試みた。
ホヂソンは剛直な性質に加え酒乱の傾向があり金にも細かくて外交官の資質に欠け、箱館滞在は短かったが蝦夷地の自然を心から愛し、アイヌにも思いやりを示すなど、教えられる事が多かった。
恵山岬への途中で玄武岩や長石、結石を見つけ、鉱物資源が多く、森林資源もオーストラリアやインドのジャングル並みだと語った。
更に、毛皮が欲しい、と熊、狐、カワウソ、何でも集めた。
ウズラ、シギ、雁、鴨、鷲、鷹、シジュウカラツグミ、ヒバリ、ヤマガラ、カラスなど鳥も幅広く興味を持ち、鮑、イリコ、昆布は外国貿易の主要な産物になると太鼓判を押した。

綿や茶も有望だと言った。
カションは忠順の母上と同じように「セヘエ」と呼んだがホヂソンは何故か「クリモトサマ」と呼んだ。
箱館奉行蝦夷地、カラフトの日本政府総督府である。

ホヂソンは総督である竹内下野守には多大の敬意を払い瀬兵衛に対しても「サマ」を付けた。
箱館奉行所の役人は徐々に増え、今では二百人程になっている。
奉行は当初二人だったが四人になり、組頭は三、四人。

調役が十数人。

定役と同心が数十人も居る。
ホヂソンから薬草園を勧められ、養蚕も始めた。
薬草園は七飯村に土地を求め、五稜郭の工事を担当した越後の人、松川弁之助が請け負った。
やがて、会津藩士黒河内五八郎が出仕。
朝鮮人参を植えて成功を納め、多くの薬草も栽培されるように。
五八郎はせっせと朝鮮人参の栽培に励んだ。
会津藩蝦夷地で産業を興し京都に運ぶつもりでいるようであった。
養蚕は上野伊勢崎から糸を取り寄せ女達を呼び機織りを始めた。

↑栗本鋤雲は箱館でかけがえのない経験をした。

樺太や千島列島にも行きアイヌの人々や各国領事とも交流。

高松凌雲の本では箱館に病院も作ったと読んだ。

素晴らしい人材や。

しかし、明治政府への出仕は拒みジャーナリストになった。

それはそれでかっこいい。

今日はここまで。

 

12時に昨夜以来の食事。

納豆ご飯と味噌汁メインでお腹を満たした。

午後も読書と調べ物。

17時から藍建てチェック。

バケツの蓋を開けるとボコボコ言った。

品温30度。pH10台。気温26度。

pH10台が幸せそうな藍たん。

幻想的な色を醸して居た。

今日も雨模様で試し染めが出来なかった。

 

引続き夕食作り。

さんまと大根おろし、シュウマイ、冬瓜と大根とナスの煮物、ローストナッツ、ウォッカ梅酒ロック+赤紫蘇ジュース

18時半に夕食。

お皿は長男が洗ってくれた。

有り難く、読書と調べ物をする事に。

 

歩数計は6811。

充実した1日だった。