2025/6/3火曜日。
6時に起床。
今日も雨。
洗濯と畑はお休み。
ベランダガーデニングの水遣りだけした。
9時から読書と調べ物。
再びこの本。

人気の本なので図書館でまた借りるのは厳しい。
しかし、どうしてもホモ・サピエンスの動きを知りたいので購入した。
ユーラシアの環境に適応していたネアンデルタール人との交雑がホモ・サピエンスの寒冷気候への適応を可能にした。
ネアンデルタール人の免疫系の遺伝子を解析した研究ではヨーロッパ人の持つHLA(ヒト白血球型抗原)の一種の受容体がネアンデルタール人に由来する可能性が指摘されている。
〈牧畜と突然変異〉
牧畜は家畜に草を食べさせてそのミルクや血、肉を利用する事で人々の生活を可能に。
その発明は農耕も困難な乾燥したステップ地域へのホモ・サピエンスの進出を可能にした。
この生活を可能にする為にはヒトの遺伝子に突然変異が起きる事が必要。「ラクターゼ」という酵素が関係。
家畜のミルクを栄養源にする為にはこの乳糖耐性遺伝子を持つことが必要。
〈ヨーロッパ人のゲノムを一変させた牧畜民の進出〉
ヨーロッパの各地で5000年前以前と以降では住民の遺伝的構成が大きく変わっている。
2015年にヨーロッパ人集団の遺伝的特徴を大きく変えた移住の波が遥か東のステップ地域からもたらされた事が明らかになった。
〈ポントス・カスピ海草原〉
ポントス・カスピ海草原が現代に続くヨーロッパ人の遺伝的な特徴を作り上げる重要な源郷の地だったことが古代ゲノムの解析で突き止められた。
凡そ4900〜4500年前にハンガリーからアルタイ山脈の間に広がる地域でヤムナヤと呼ばれる牧畜を主体とする文化が発生。
その中心は現在のウクライナ。
彼らは馬や車輪を利用することで広範な地域へ拡散。
ヨーロッパの農耕社会の遺伝的構成を大きく変えた。
彼らの流入後、ドイツの農民の遺伝子の3/4がヤムナヤ由来の遺伝子に置き換わった。
彼らのもたらした文化は縄目文土器文化と呼ばれ北東ヨーロッパや中部ヨーロッパの北部に分布。
同時期の西ヨーロッパには鐘状ビーカー文化が広がっており両者の関係について議論が勃発。
鐘状ビーカー文化の担い手のゲノムを調べると、ヨーロッパの中央部やイギリスの集団はヤムナヤ文化の系統を引くものだった。
片やイベリア半島では在来集団のものである事がわかった。
ヤムナヤ遺伝子の流入には地域差があるが基本的には北部ほど影響が大きかった。
イベリア半島では集団の遺伝子構造を一変するような流入は無かった。
イギリスでは有名なストーンヘンジを作った在来集団の遺伝子がこの直後に一挙に減少。
現代のイギリス人に伝わる彼らの遺伝子は1割程度。
残りはヤムナヤに由来する鐘状ビーカー文化の人々のもの。
現代に続くヨーロッパ人の地域差は基本的にはこの青銅器時代における農耕民とヤムナヤ文化人との混合の仕方の違いに起因する。
〈ヤムナヤ文化集団〉
ヨーロッパでは狩猟採集民の基層社会の成立から始まって、二回の大きな集団の流入があって現代に至る。
特に2回目のヤムナヤ文化集団の流入は現代に続くヨーロッパ地域集団の遺伝的な構成を決定づけているので、その詳細なシナリオを描く為の努力が続いている。
2021年、ヨーロッパの中央部、チェコのボヘミア地方から出土した、6900〜3600年前の271個体の古代ゲノムが解析されこの地域での変遷が明らかに。
縄目文土器文化より前の初期農耕社会の文化である線帯文土器文化に属する集団にはヤムナヤ文化集団のゲノムが存在していない事も確認された。
予想通り彼らのゲノムほアナトリアの農耕民とヨーロッパの狩猟採集民のハイブリッドだった。
ボヘミアに縄目文土器文化が出現するのは5000年前で、100年余りでこの地域全体に広がった。
4600年前の人骨から得られたゲノムは農耕民とヤムナヤ文化集団のゲノムが確認出来た。
この地域のゲノム構成は5〜15%程度はラトヴィアやウクライナなどの古代ヨーロッパ北東部の新石器文化集団のゲノムが加わっている可能性も示されている。
また、縄目文土器文化の始まりから終わりにかけてゲノムの多様性が減じていく傾向も見て取れた。
特にY染色体DNAのハプログループは単一のものになっている。
その理由は明らかになっていないが、文化の持つ選択的な婚姻制度が関与している可能性がある。
縄目文土器文化の時代にほぼ並行して広がっていた鐘状ビーカー文化に属する個体のゲノムも解析され、ボヘミアでは基本的に縄目文土器文化の集団に似ている事が確認されている。
鐘状ビーカー文化の後期に相当する4400年前より新しい時代になると、先行する中期の銅器文化に由来するゲノムが前期より増えてくる事がわかっている。
この時期にも異なる集団との混合があった可能性がある。
〈ヨーロッパ集団形成の経緯〉
ボヘミアという地域での集団形成のシナリオを見てもわかるようにヨーロッパにおいて4000〜5000年前の1000年は地域集団の遺伝的構成が大きく変わる画期でした。
更に多くの地域や時代の古代ゲノムが解析される事でヨーロッパにおける複雑な集団の形成の経緯が明らかになっていく。
それにより文化の変遷と集団の遺伝的な変化の関係やヨーロッパの諸民族の形成過程がより明確になる事が期待される。
↑5000年前、ヤムナヤ文化人がヨーロッパを席巻した、と。
ドイツ農民の3/4の遺伝子がヤムナヤに置き換わり、イギリスではストーンヘッジ製作の在来集団の遺伝子は一割しか残っていない、と。
ヤムナヤ人、強いね。
12時過ぎに嫁と孫達を迎えに。
嫁が病院を受診するので子守りをする事に。
雨なので、嫁を病院まで送り、そのまま子育て支援センターで遊ばせる事に。
15時半に嫁から終わったと連絡が。
帰りの車中で孫達はウトウト。
部屋まで送って行くと、上の孫は起きたが下の孫はそのままスヤスヤ寝ていた。
帰宅後、夕食作り。

鶏キムチ、サワークリームシチューとパセリ、筍の煮物、ぜんまいの炒め物、サラダ、ローストナッツ、ウォッカ梅酒ロック。
良く呑み良く食べた。
後片付けを済ませたら営業終了。
読書と調べ物をする事に。
歩数計は6881。
充実した一日だった。