arimahamaの日記

アメバから引っ越しました。

オートファジー976日目と畑と白虎隊本

2024/5/15水曜日

5時に起床し洗濯と朝食、昼食作り。

7時に畑へ。

 

大雨が降ったあと、植物は著しい成長を見せてくれる。

期待して畑に行くと、次々と芽を出していた。

大根や小カブ、ハツカダイコンの種を撒いたマルチから何故かじゃがいもが芽を出したり、人参の種の条蒔きをしたところからもじゃがいもの芽が出ていた。

うちに常駐している悪魔くんによる仕業。

ベランダでも勝手に移植作業する。

もう慣れたので気にしない。

勝手に出てきたじゃがいもの芽はじゃがいもの畝の方に移植。

家から持参した苗を定植したら作業終了。

時刻は7:45。

天気も良いのでサイクリングがてら15km先のJAへ種と苗を見に行く事に。

9時に到着。

ついでに野菜を購入。

途中、スーパーでも買い物。

10時45分に帰宅。

結構汗をかいたので総着替え。

11時半から最新情報をチェック。

12時に昨夜以来の食事。

納豆ご飯と味噌汁メインでお腹を満たした。

 

午後はガッツリ読書。

昨日に引き続き飯沼一元著の白虎隊本。

 

本も後半になり、食糧確保のため士中二番白虎隊を離れたと言われる日向内記隊長に関する記述が出てきた。

隊を離れた理由に関しては友軍との軍議に赴いた、との説もあるそうだ。

翌日、出撃の時間になっても当時42歳の隊長が戻って来ない為、17歳の教導首席の篠田儀三郎が隊長代理に。

これは会津藩の軍規に拠っている。

そして、飯沼貞吉は生還。

日向内記も会津戦争を生き抜いた。

直接話す機会は無かったのだろうか。

が、奇遇な事に貞吉は電信技術士になってから日清戦争で派遣された朝鮮半島で日向内記の息子の真寿美と会っている。

真寿美は戦地でマラリアに罹り死の床に居た。

貞吉が見舞っている。

そこで積もる話をしたのかもしれない。

真寿美の死後、貞吉は仙台に立派な顕彰碑を建立している。

https://twitter.com/moonofspring/status/1535183184748752896?s=19

この白虎隊本では日向内記は斗南藩に移住した旧会津藩士とその家族の救援に奔走した事が書かれている。

斗南藩では土地を開墾したものの作物が育たず食べる物が無く飢えとの戦いだったそうだ。

そこで日向内記は娘とその夫平野吉重改め中村富造に秋田の大湯温泉で酒造業を営ませ、そこで使用する米だ、と偽り大量の米を備蓄。

そこから青森の斗南藩へせっせと運び入れたそうだ。

藩士とその家族は大いに助かったに違いない。

今日はここまで。

 

17時から夕食作り。

鮭、キャベツと鶏モモのネギ塩炒め、ミノとシマチョウとししとうの味噌炒め、サラダ、焼き芋、玄米ご飯、ウォッカ梅酒ロック、昨日の残りのもろみ汁。

良く呑み良く食べた。

お皿は長男が洗ってくれた。

ありがたく読書の続きをする事に。

 

歩数計は6758。

充実した一日だった。